全国にあるパチンコ店は、47都道府県の地域によって、設定状況や出玉状況、換金率も違います。今回は、全国で唯一パチスロが無かった三重県で解禁後に旅打ちをした経験を紹介します。
この記事を書いた運営者(プロフィール:ギャンブル犬)

ギャンブル歴30年以上で元パチプロの運営者が書いています。パチンコ(パチスロ)、競馬、競輪、競艇、オートレース、宝くじ、カジノ、麻雀など全てのギャンブルを経験。
三重県のパチスロ解禁による鈴鹿市の激甘イベント!!
三重県は、全国で唯一パチスロが無い地域(ギャンブル性が高いとして…)で、2000年に初めてパチスロが設置されました。解禁5年後の2005年に旅打ちで訪れた三重県の当時の記録を紹介していきます。
三重県民にとっては、馴染みのないパチスロ…。なのでパチスロの楽しさや醍醐味を知ってもらおうと激甘状況だった当時の旅打ちを語っていきます。ぶっちゃけ、スロットが鬼の様な設定でした。
パチスロ解禁の三重県各地でパチスロ勝負!
三重県がパチスロを解禁したのは、2000年7月頃になります。
ギャンブル性が高いとして三重県知事が許可しなかったようです(健全で正しい判断です)。
三重県のパチンコ店がオールナイト営業する(最大で12月31日朝9時~1月2日25時まで)ことはあまりにも有名ですが、2000年までは、パチンコのみだったことになりますね。
※オールナイト営業=1984年(昭和59年)から実施されている特例。
私が、三重県にパチスロ狙いで旅打ちしたのは、パチスロ4.5号機『鬼浜爆走愚連隊』が登場した22005年3月頃です。まだ、初代北斗の拳や吉宗、ルパン3世、初代鬼武者が健在の頃でした。
訪れた三重県の地域は、鈴鹿サーキットで有名な鈴鹿市、松坂牛で有名な松坂市。そして、四日市市になります。
パチスロ解禁して5年経過した三重県は、激甘な設定状況でして、超絶に設定が甘く美味しい思いをした経験と楽しかった思い出に残る旅打ちでした。
三重県で旅打ちした経路

三重県の旅打ちは、鈴鹿市からです。理由は、鈴鹿サーキットも見てみたいという思いからだけです。
そして、松阪牛を食べて見たいと松坂市。次に、高校サッカーで有名な四日市中央工業がある四日市市へと旅打ちを続けます。
三重県の県庁所在地でる津市、伊勢海老で有名な伊勢市、ハマグリで有名な桑名市には行く事すら頭にありませんでした。鳥羽市や志摩市、亀山市も同様です。
ネットもないガラケー以前のPHSがあった時代です。
実践したパチンコ店は、電話ボックスの「タウンページ」でパチンコ店の住所をメモを取り、コンビニで買った地図で探してました。

ネットもない時代での旅打ちです…

サバイバル的な要素も含んだ旅打ち最高ね…
三重県鈴鹿市でパチンコとパチスロの旅打ち!

最初に訪れたのは、F1で有名な「鈴鹿サーキット」がある三重県鈴鹿市です。

鈴鹿市は、三重県で4番目に広い地域で、人口は三重県で3番目に多い19万5千人弱という地域です。F1の舞台でもある鈴鹿サーキットでも有名です。
鈴鹿市は、近鉄鈴鹿線の最終駅「平田町駅」がある国道54号線沿いが町の中心部です。
「ゼクシィ鈴鹿イオンモールカウンター」から伊勢鉄道「鈴鹿駅」までの一直線に、多くのデパートやスーパー、飲食店やアミューズメント施設、パチンコ店が存在しています。
上記は、旅打ち当時(2005年)のパチンコ店マップです。上記画像以外でも当時は見つけられなかった小さなパチンコ店も多くありました(現在で改めて知る)。
パチスロ解禁で甘い設定状況に、人口比率でもパチンコ店も多く狙い目だった地域。実践したパチンコ店は、「ランドマーク鈴鹿店」「ホームラン(平田店と三日市店)」「MGM鈴鹿店」の3店舗です。
特に、「ランドマーク」「ホームラン」は、今では考えられない日常的な激甘なイベントがありました。
ランドマーク鈴鹿店

出典-https://www.google.com/maps/
「ランドマーク鈴鹿店」は、現在でも過去最高の出荷台数(62万台)である初代『北斗の拳』のイベントで、3台に1台が設定6。2台に1台が設定456という驚愕のイベントを体験しました。
初代『北斗の拳』の設定6は、119.7%の機械割り。設定5でも110%、設定4も104.9%です。
なんなくツモッた設定6で、1万7000枚。わずか2000円の投資で30万以上の圧倒的勝利です(こんな激熱なスロットイベントも最後です)。
ホームラン平田店
出典-https://www.google.com/maps/
そして、三重県で有名なパチンコチェーン店「ホームラン平田店」でも実践しました。
スロットよりもパチンコの方が甘く、初めて訪れた初日にパチンコ海物語で50000発を達成。今では考えられない出玉状況で、他の人もドル箱の山でした。
スロットでは、北斗の拳で20連以上すればスタンプが貰え、7つ貯まれば設定6を打てる企画がありました。
また、コーヒーレディも最高でした(接客も最高)。名古屋のモーニング文化もある三重県のパチンコ店でも圧巻のモーニングサービスも体験しました。
当時は(20年前の記憶)、コーヒーにパン、ゆで卵などが付いて250円位だったと思います(玉やコインでも等価でOK)。
パチンコで64個、スロットで12枚ほどなので、必ず注文していました(当時は、1パチや5スロなどありません)。
ホームラン三日市店

出典-https://suzuka-kameyama.goguynet.jp/2020/09/23/homerun/
「ホームラン平田店」から鈴鹿駅に向かって1.4kmほどの場所にあった「ホームラン三日市店」。
※2020年6月30日に閉店しています。
出典-https://www.google.com/maps/
こちらが現在の「ホームラン三日市店」跡地です。
「ホームラン三日市店」は、某パチスロ雑誌の名物コーナーであった『ALL設定バトル』を真似たイベントが毎日実施されていて楽しかった思い出があります。
1番の記憶は、鬼武者で夜9時から6000枚出した事。北斗の拳でも8000枚、夕方から打ったルパン3世で7000枚とかなり爆発させてもらいました。
モーニングサービスも凄くて、コーヒー(等価玉数で200円程度じゃなかったかな?)を頼めばヤクルトとパンがサービスで付いてきました。
MGM鈴鹿店
出典-https://www.google.com/maps/
「MGM鈴鹿店」は、無料マッサージチェアが利用出来たことでよく来店しました。なぜか利用する客がほぼいなくて使い放題だったんです。
吉宗の設定6イベントが熱い店でしたが吉宗では不発…。しかし、夜9時時点で投資10万円という絶望的状況から北斗の拳で、1撃7000枚閉店取り切れずの大逆転勝ちがすごく思い出に残っています。
当時は、換金はパチスロが6枚、パチンコは3円交換だったと思います。しかし、何故か換金所でさらに僅かですが手数料を取られた記憶があります。
鈴鹿市では負けた記憶はありません。連日の様に、鈴鹿市の繁華街である平田町で焼肉後に小料理屋、風俗とフィリピンパブ、スナックで1晩5万円を使う豪遊三昧でした。

パチスロ解禁当時の鈴鹿市は激甘でした…

パチンコも優良だったわね…
三重県松坂市でパチスロ旅打ち!
出典-https://www.google.com/maps/
三重県鈴鹿市でパチスロを満喫し十分満足したのですが、せっかく三重県に来たのだからと三重県の名産である松坂牛を食べたいと松坂市へ移動…。
しかし、松坂駅を降りても松坂牛を提供するお店が目立ってありませんでした。ネットもない時代でしたので、駅前を散策し諦めました。
そして、せっかく松阪市に来たんだから、パチンコやスロットの実践をしてみようと…。しかし、松阪市は、かなり郊外のパチンコ店があるだけで旅打ちには厳しい感じでした。
松阪京楽

実践したのは、「松阪京楽」。もう、昭和感漂うパチンコ店です。※2020年1月21日に閉店。
パチンコメーカー「京楽」の直営店らしかったので、少しは期待していましたが、全く打てる状況ではなく、午前中で早々に退散です。
松阪市に来た理由は、松坂牛を食べることが第一の目的。しかし、松阪牛を食べられる店も見当たらないことで、松坂市は僅か半日で終了。最後に、松坂市から四日市を目指して移動です。

松阪市は、旅打ちには不向きです…

駅から遠く離れた郊外には良さそうな店もあったわね…
三重県四日市市でパチスロ旅打ち!
出典-https://www.google.com/maps/
そして、四日市市で三重県最後の旅打ちです。三重県の県庁所在地は津市ですが、三重県最大の都市である四日市市に期待しての移動です。
四日市駅を降りて、すぐさまホテルを探し電話で宿泊予約。翌日から実践することに…。
2005年7月11日に、宿泊していたホテルの部屋でくつろいでいると…。大好きだったプロレスラー「橋本真也」が亡くなったという報道に涙した思い出が記憶に新しいです。
そして、四日市市の街並みは、どこか懐かしいアーケードの街並みで、個人的に好きな地域でした。
ホームランアピカ店
出典-https://www.google.com/maps/
翌朝、三重県最大の商業地域でもある諏訪栄町のアーケード街「1番街商店街」を散策し、「ホームランアピカ店」を見つけました。そして、実践することに…。
目の前にあった喫茶店(たぶん閉店してます)で、開店待ちながらの朝食をしていると、喫茶店の女性従業員から『あのー、韓国のチャン・ドンゴンに似てますね』と言われたのも記憶に新しいです。
実践はというと、初代鬼浜が前日に万枚を出ているなど設定状況は悪くは無かったように感じました。しかし、イベント日でもなく、期待値のある台もなかったので、半日で退散。

早々退散した四日市は、居心地が最高だったけど…

仙台市にあるアーケードのスモール版ね…
まとめ(あとがき)
三重県でのパチスロ旅打ちの実践は、勝ち金の大半が鈴鹿市でのパチスロでの収支でした。
鈴鹿市のパチスロ状況があまりにも良く、収支的にもかなり浮いていたので余裕があり、松坂市、四日市市での実践は少しだけ触る程度で終了です。
それにしても鈴鹿市のランドマークでの北斗イベント(3台に1台が設定6、2台に1台が設定456)は、後にも先にも最強レベルのイベントでした。
出玉を景品に交換する際の換金ギャップ(5、5~6枚交換)に加えて、換金所でさらに手数料を取られ、10円単位で換金したことにも驚きました。
現在の様にSNSやブログなどはもちろん、インターネットもPCくらいでしか普及していなかった時代。実際に現地に行ってみなければ分からない楽しさというのも当時の旅打ちの醍醐味だったかもしれません。
余談ですが、三重県はすこし緩めの関西弁で非常に感じが良くて、可愛い女の子が多かったのも思い出です。もう、あの当時の激熱イベントは無いとは思いますが、どこか居心地が良い三重県に旅打ちへ行ってみてはいかがでしょうか?